ハーバード大学で脳解剖学者として働いていたジル・ボルティ・テイラー博士の2008年のTED トークは、TEDで初めて100万ビューを記録し、現在も視聴数を伸ばし続け（2021年7月現在2700万＋ビュー）、世界49ヶ国語に翻訳されている1。

Whole Brain Living アメリカ版表紙 — hホールブレインリビングー選択の解剖学と人生を操縦する４つの人格　ジル・ボルティ・テイラー

TEDで瞬時にミリオンビュー「ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作」から12年

もしあなたが、彼女のTEDトークを見たことがないなら、今すぐ彼女のストーリーを聞いて欲しい。なぜなら、出版されたばかりの彼女の２冊目の本は、彼女が左脳で起きた脳卒中によって経験した「天国」をたった今生きる方法を教えているからだ。

日本でも、彼女の突然の脳卒中と回復の経験を書いた Stroke of Insight は「奇跡の脳ー脳科学者の脳が壊れたとき」として翻訳が新潮社から出版されている2。1996年12月の朝に脳卒中に襲われた彼女の回復には8年かかったという。

わたしは、社会学者で作家のマーサ・ベック博士からライフコーチングのトレーニング3を受けていたときに、その本の話を聞いた。ベック博士はテイラー博士のその本を絶賛していた。大学で解剖生理学を取ったし、そのあとホリスティックヘルストレーニングで脳についてのクラスもあり、脳が健康や行動とどう関係しているかは知っていた。大学は医学部ではなかったから、わたしたちが脳の実習で使えたのは羊の脳だった。

解剖には力がある-細胞で理解する生き方

体がどんなふうになっているのかをこの目で見ると、一瞬で世界が変わる（いや、その一瞬が来るまでに、何ヶ月も分厚い教科書を読まなければならないが…）。

誰でも、体は細胞でできているということは知っているだろう。どんな生き物も細胞でできている。だが、それを実際に見るまで、それがどんな意味かを知ることは難しいと思う。わたしの大学は小規模の大学で、解剖学の実習はネコの検体を使った。もっと大きくて財力のある大学は、もっと大きな動物を使うそうだと、クラスメートが言っていた。そのクラスが来るまで毎日憂鬱で、実際に自分にできるか全く自信がなかった。

魚と小鳥以外の死んだ生き物に触ったのは、それが初めてだったと思う。

体の全ての臓器は細胞でできているのに、臓器によって細胞はその形と機能が違う。それを見ると、どんな知性が生きる体を作ったのだろうか、と思わずにはいられない。死んでしまってもう生気のない小さな検体でさえ、一つ一つの臓器が別々の姿で役目を担っていたことをはっきりと物語っていた。

わたしは、セメスターが始まってから解剖実習まで毎日、胃が痛くなるほど悩んでいた状態から、実習1日目には、解剖学にすっかり魅了された。

ジル・ボルティ・テイラー博士は、脳の解剖学の専門家として、精神疾患の脳の研究をしていた。

TED当初、脳の専門家が脳卒中を体験したことから、その経験を科学的に理解できただけではなく、被害を免れた右脳の生態を伝えたことが、世界中の人に深い洞察を与えたのだった。

12年たった今、テイラー博士はその体験のみならず、だれもが、彼女が左脳を失って体験した「天国」を生きる方法を伝えるために、Whole Brain Living を出版したのだ。

ミリオンビューTEDで伝えきれなかったこととは…

この本はルイーズ・ヘイのヘイハウス出版社から、アメリカ・イギリス、オーストラリア、インドで同時出版4されていて、日本語でも早く出版されて欲しいと思う。

この本の短い序文の中でテイラー博士は、TEDトークが人々に与えた衝撃に触れながら、たった一つ残る後悔について触れている。

それは、特に今の荒んだ世界で、今まで以上にジル博士が全ての人間に気がついて欲しいと願っていることだ。私たち、全ての人間は繋がっていて、一つの全体を成している。それを細胞レベルで知ることができれば、わたしたちはもっと高い次元の尊厳と親切を持って、お互いと接することができるだろう、ということに、彼女は確信を抱いている。

だが、彼女のTEDが瞬時に世界中でシェアされて拡散し、直後に体験談が大手出版社から出版されたとき、自分に起きたことの全てを理解していても、それをどのように左脳を完全に遮断する脳卒中を経験したことのない人に理解させるかは、わからなかったという。

左脳を失わず「天国」を生きる

TEDの彼女のトークでジル博士が Nirvana 「天国」と表現した、右脳のみの状態。彼女が致命的な状態から回復したことだけではなく、生きながら天国を体験し、それを脳科学の観点から伝えたことは、多くの人にとって、奇跡とは何か、天国とは何かを深く考えるきっかけになった。

だが振り返ってみると、Whole Brain Living が出版されるまで、確かにそれは普通は起きない奇跡的なエピソードとして、死のメタファーになったに過ぎない。であれば、彼女の人生、価値観、人柄全てをを変えたその特別な体験は、左脳に限定した脳卒中というリスクの高い経験がなければ経験できない、ということになる。

また、右脳のみの状態がどれほど神々しく美しく、平安と愛に満ちていると言っても、この荒んだ世の中でそこまで覚醒していない人たちと一緒に生きなければならないことは、逆に危険なことだと、テイラー博士も回復の経過で経験している。左脳はわたしたちがこの世界で生存するために必要な役割を果たすことも、彼女は体験したからだ。

…私たちはこの世界の中で、どんな人間でいたいのかどのようにありたいのか、全ての瞬間において選ぶ力があります。今ここでこの瞬間　私は右脳の意識へと寄ることが出来ます。そこでは私は宇宙の生命力です（中略）。あるいは左脳の意識へと寄って1人の堅実な個人としてあることを選べます。（略）私たちがより多くの時間を右脳にある深い内的平安の回路で生きることを選択すれば世界にはもっと平和が広がり私たちの地球ももっと平和な場所になると信じています。5

だから、彼女のTEDトークの視聴者や「奇跡の脳」の読者が、どうしたら彼女が体験した天国を体験することができるかを聞く時に、ジル博士は体験したことのない人たちにどのようにそれを伝えることができるか、考えなければならなかった。

左脳中心の世界のシステムが崩壊しつつある今、ジル・ボルティ・テイラーのホールブレインリビングが出版されたことは、ただの偶然ではないと思う。ユングは、人間を超える目に見えない叡智が、人間の深層心理と同調するときに起きる不思議な偶然「シンクロニシティ」について考えた。この、大変読みやすく親しみやすい一冊の本は、まさにわたしたちの嘆きへの返答だと思う。